大久保大聖院の淡島さん
どんな伝承か
大久保の淡島さんは全照山大聖院にある。寺の創立年は不詳で、天和の水帳には大松院、文化四年の書上帳には大照院と記される。境内の淡島明神は文政五年(一八二二)、明蔵寺弟子の実応上人が紀州加太浦の粟嶋明神に参詣した折に女神の尊体を勧請したと伝えられ、万延元年には由来書ができた。毎月三日を縁日として女人の参詣が多く、門前に市が立つほどだったという。堂内には願掛けの旗や額のほか髪の毛、下駄、人形などが奉納され、安産や縁結び、腰から下の病の祈願が行われる。入口には女陰型の自然石もある。「刈羽郡案内」は寛政年中の勧請と記す。
原典より
淡島さんは全照山大聖院にある。—— 柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。