義家が勿来の桜を植えた桜が岡
どんな伝承か
源義家がある岡に登ったとき、ここは大和の国に似ているとほめ、勿来の関から持って来た桜を植えた。それからこの岡を桜が岡と呼び、周りの土地をやまとと呼ぶようになったという。義家は陸奥の安倍氏を平らげた帰りに勿来の関を通り、風に舞って散りかかる桜に心を動かされて歌を詠み、その桜を一本持ち帰ったのだと伝わる。
原典より
そしてその桜の木を一本持って来たというのである。—— 栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史)
『栃木市史 民俗編――伝説・民話』は、市史民俗編の第九章「言語伝承」のうち「伝説・民話」と「木遣り」の二節である。芝塚山の太刀割り石、有馬皇子とこのしろ、源義家や弘法大師にまつわる地名伝説、狐の嫁入りやむじなの怪、あづきっとぎなど、市内に伝わる伝説・民話と昔の子供の思い出を収める。前半の十一話には末尾に原話者(一部は採話者も)の名を記し、節の終わりに鳶の木遣りと田歌の詞章を載せる。