堤の人柱になった庄屋
どんな伝承か
ある村では川の堤が大水のたびに切れ、庄屋は人夫を集めて修繕を繰り返していた。ある年また堤が切れると、庄屋は『人柱を立てねば切れ続ける』と言い、人柱になる者を探した。誰も名乗り出ないので、庄屋は『着物を横縞の布で繕っている者を人柱に決めよう』と提案した。ところが村中を探すと、言い出した庄屋本人の着物が横縞の布で繕われていた。そこで庄屋自身が人柱になったという。今も縫い物に横切れを使わぬのはこの由来だと伝わる。
原典より
そして早速村中を捜し始めたところ、言い出した庄屋本人の着物が横縞の布でふせがしてあった—— 河内町史 民俗編――昔話・伝説(河内町(編)・河内町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河内町史 民俗編――昔話・伝説(河内町(編)・河内町史)
『河内町史 民俗編――昔話・伝説』は、河内町の町史の民俗編のうち、子守歌と昔話・伝説を収めた部分である。伝承者の名を添えた子守歌二編と、昔話と伝説の違いを述べた前置きに続き、継子譚・異類婚姻譚・和尚と小僧・愚か婿など全国に分布する型の昔話と、岩戸の観音、金峰山と飯田山、小野小町、弘法大師にまつわる土地の伝説を、第一話から第三十八話まで番号を振って並べる。多くの話には話型の名や類話の広がりを短く添える。