仲田家に伝わる亀井六郎の箱笈
どんな伝承か
さいたま市の大間木にある仲田家には、古い笈が代々伝えられている。『新編武蔵風土記稿』はこれを、鎌倉時代の武士亀井六郎が奥州へ下るときに背へ負ったものだと記す。仲田家は、中尾にあった山伏修験の寺、玉林院の配下にあった三光院の流れをくむ家である。笈そのものは室町時代の作で、鎌倉彫と呼ばれる彫りをほどこした箱笈にあたり、埼玉県の指定文化財であるとともに、国の重要美術品にも認定されている。武士の遺物と伝えられる一方で、修験の家に伝わった品でもある。
原典より
大間木の仲田家に伝わる笈は、『新編武蔵国風土記稿』によると、鎌倉時代の武士亀井六郎が奥州下向のとき背負ったものという。—— 浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史)
『浦和市史 民俗編――伝説』は、浦和市史の民俗編のうち、第十章「伝説」を収めた部分である。調神社の片目の鯉や兎を飼わない言い伝え、日蓮上人の駒つなぎのケヤキ、見沼の竜神や笛、別所沼の大蛇、地名や塚の由来、特定の作物や弓矢を忌む家の言い伝えなど、市内に伝わる伝説を集める。旧市部から西浦和まで地区別に節を立て、見沼の伝説は一節にまとめ、章の初めに『埼玉県伝説集成』などの引用文献を掲げ、話のあとに▽印で異説や由来を補う。