鈴木三郎重家が残した笈と鈴留川
どんな伝承か
東松山市西本宿の円珠寺には、鈴木三郎重家が残したという笈が伝わる。文治二年、源義経が奥州へ下ったとき、重家は後を追ってこの地まで来たが、笈を寺に置いて去ったという。笈は縦二尺三寸五分、横一尺六寸七分。寺の裏を流れる鈴留川の名は、そのとき大水で重家が先へ進めなかったことに由来するという。『新記』も、笈に閻魔像が納められていたことや、重家がここで病死したため笈が寺のものになったという別伝を記している。
原典より
寺の裏の鈴留川はその時、大水で重家が行くことができないので名付けたという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。