鯉幟を絶った男鹿岳の落人
どんな伝承か
男鹿岳に潜伏していた安倍の残党が、五月節供を祝って鯉幟を立てた。これを義家方の探索隊が発見し、栗生沢へやって来ていろいろ調べてみると、武士が隠れていることがわかった。それで早速勢をさし向けて山奥へ分け入り、残党を襲撃した。村人は自分たちの告げ口によって安倍方が敗れたことをすまなく思っていた。あくる年の節供がめぐって来て鯉幟を立てたところ大嵐になり、その翌年もまた風雨が荒れ狂ったので、鯉幟を立てる習慣を廃してしまったという。同じく節供に鯉幟を立てぬ村は、男鹿岳を中においてその周辺に幾つもある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗))
『田島町史 第4巻(民俗篇)』第二節所収の伝説。福島県田島町(南会津)に伝わる自然・歴史・神仏・池淵・幽霊・妖怪の伝説を採録する。