神力淵に沈んだ梵鐘と白蛇
どんな伝承か
昔、芳賀城主の禅可入道が海潮寺に寄進するため、大きな梵鐘を造らせ、大勢の人足と馬に引かせて運ばせた。天正五年に芳賀伊賀守高継が築いた真岡城(今の真岡小学校の敷地で、俗に城山という)の堀の一つである行屋川の、神力淵に架かる施無畏橋の中ほどで一気に渡ろうとしたとき、橋がみしみしと音を立てて崩れ、人足も馬も梵鐘もろとも淵に沈んだ。誰一人浮かんでこず、入道は人を集めて鐘を引き上げようとしたが、とうとう上がらなかった。その後、神力淵では毎年夏になるときまって水死する者が出て、近づく人はほとんどいなくなった。淵の西岸、海潮寺の土手の下の茂みには白蛇がすみ、美しい女や男に化けて淵のあたりをさまよったといい、鐘も人も馬もこの白蛇に引き込まれたのだと誰もが思うようになった。
原典より
だから、梵鐘も、人足共も馬も、白蛇に引き込まれたのであろうと、だれもが思うようになっておった。—— 真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。