小便鐘
どんな伝承か
千葉市富岡町にある長徳寺の梵鐘は、銘によれば宝徳元年に鋳造され、もとは木更津中須賀の日吉山王宮の鐘だったが、天文十四年に長福寺(長徳寺の前身)へ移されたという。国府台合戦に敗れた里見勢が敗走の途中、陣鐘として使っていたこの鐘を寺の前の田に捨てていったのを、立ち小便をしていた村人が偶然見つけたとの伝承があり、小便鐘という庶民的な愛称で呼ばれているが、鐘そのものの価値は高いとされる。
原典より
長徳寺の梵鐘はその銘によると、宝徳元年に造られもとは木更津中須賀日吉山王宮のものだったが、天文十四年、長福寺(長徳寺の前身)に移ったことがわかる。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。五十余りの短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。