六 降霊会の出来ごと
どんな伝承か
昭和二十五年十二月六日午後七時三十分、千葉市登戸町の私宅で降霊会が催された。霊媒は物理的霊媒として知られる萩原瑞道、審神者は岡部祥雅、司会は千葉洋風、記録は柿内昭霊で、参会者は三十名ほどであった。岡部の説明ののち萩原がキャビネットに入り消灯すると、赤灯のもとでつつじの花が一輪だけ動き、女の人形が立ち上がって一同に辞儀をした。人形は花籠を両手に支えて隣のテーブルまで運んでみせ、これには岡部の子の霊が憑いたのだという。
原典より
この私宅で催した降霊会について、そのあらましを述べてみます。—— 心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年))
『心霊の開発 ― 神のしくみ』は、千葉で浄霊真手道場を開いた霊能者の福田倉子が、自らの霊的体験をまとめた本であり、昭和四十一年一月付の跋文を付す。気合術や法華行者・身延山の上人のもとでの修行、千鳥会の降霊会、霊媒として死霊や生霊、動物霊に向き合った事例、真手による浄霊と天福地蔵尊の由来などを記す。第一部「心霊へのみち」から第五部「神のしぐみと使命」までの五部に分け、あとがきと坂田武俊の跋文を置く。