世田ヶ谷の穴仙人と台風の霊言
どんな伝承か
東京の世田ヶ谷に、穴仙人と呼ばれる奇人が住んでいた。もとはキリスト教の牧師として名を知られたが、のちに啓示を受け、姿なき霊を浄めるためだと称して門人とともに裏行という独特の修行を続けていた。祭壇も教団の組織もないのに、名の知れた人々が熱心に通っていたという。語り手も三年ほど通った。昭和二十九年九月十一日、大型の台風が上陸するという警報の日に道場へ行くと、先生が霊媒の婦人へどこを荒らすかと問い、名古屋という答えが返った。語り手には九州で去るとの霊言が下りた。その夜、何者かに起こされて二時間祈らされ、海上に去るとの言葉で祈りは終わった。朝の報せで台風は九州で二つに分かれ海へ抜けていた。
原典より
東京世田ヶ谷に通称穴仙人とアダ名されている奇人がおります。—— 心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年))
『心霊の開発 ― 神のしくみ』は、千葉で浄霊真手道場を開いた霊能者の福田倉子が、自らの霊的体験をまとめた本であり、昭和四十一年一月付の跋文を付す。気合術や法華行者・身延山の上人のもとでの修行、千鳥会の降霊会、霊媒として死霊や生霊、動物霊に向き合った事例、真手による浄霊と天福地蔵尊の由来などを記す。第一部「心霊へのみち」から第五部「神のしぐみと使命」までの五部に分け、あとがきと坂田武俊の跋文を置く。