恵日寺の材木を運んだ牛の塚
どんな伝承か
磐梯山が破裂したとき、牛を曳いて山に登った牛追いが帰らず、のちに中腹へ牛の形の雪形が残るのに気づいた村人は、埋まった牛の姿だとしてベコ雪と呼んだ。同じ土地に牛塚の伝えがある。大谷の牛沢は中島の東方にあたり、昔、本寺にある恵日寺を建てるとき、材木を牛の背に付けて運んだ場所であるという。この場所では牛が過労のために倒れることが多かったので、人々は倒れた牛のために塚を立てて霊を慰めた。この牛塚は現在も残っていると伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
磐梯町史 民俗編――伝説と昔話(磐梯町(編)・磐梯町史)
『磐梯町史 民俗編――伝説と昔話』は、会津の磐梯町が編んだ町史の民俗編で、口承文芸の章の「伝説と昔話」の節にあたる部分である。磐梯山を七回り半巻いた大蛇の尾寺、弘法大師の梵字清水、井戸の精が嫁に来る赤枝の話などの伝説と、猿の嫁取り、山姥、笠地蔵、ノッペラボウの度胸ばなしなどの昔話を書きとめる。伝説と昔話の二つに分けて題を付して並べ、昔話は「むかしむかしあったどよ」と始まる土地の言葉の語り口を残す。