生牛を埋めた臥牛城の牛塚
どんな伝承か
亘理町の舘南の小高い丘に牛塚と呼ばれる塚があり、そこに大正の頃まで欅の大木が立っていた。この塚は、昔、領主伊達成実が臥牛城を築くにあたり、城の堅固を祈って中国の法に倣い、土中深く生きた牛を埋めて私心のないことを誓ったものだと伝えられている。その場所に木を植えて印としたものが、次第に大木となった。以来、この欅の枝を折ったり焼いたりするとその祟りで災厄を受けるといわれ、誰も手を触れる者がなかったという。
原典より
館南の小高い丘に牛塚と呼ばれる塚があり、そこに大正の頃まで欅の大木があった。—— 宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(茂木徳郎(「妖怪 幽霊」の章)・宮城県史シリーズ)
『宮城県史 民俗編』は宮城県の県史の民俗編で、ここに収めるのは茂木徳郎が執筆した章「妖怪 幽霊」である。山・道・木・水・海・雪・家など出現の場所による分類に沿って妖怪変化を論じ、幽霊とヒトダマ・死霊・生霊の観念を考えたうえで、県内の妖怪・幽霊・動物変化の伝承を郡・町村名を添えて集める。序説・本論・事例篇・参考の順に並び、序説では昭和二十四年の迷信調査と昭和三十年のNHK仙台中央放送局の調査にも触れる。