波多野氏を討ちに来た敵兵が敗れて捕えられ
どんな伝承か
寺山では、あの土地を持った者はどれほどの大尽でも必ずだめになるといわれ、その畑は長く持ち手がなかった。安く買って構わないと言って持った者も、次第に思うようにいかなくなったという。文献によれば、寺山のある家の裏三十から四十メートルのところに塚があり、その北側の細長い急斜面の畑を古くから首切畑と称した。波多野城の波多野氏を討とうと大山方面から敵兵が現れ、敗れて捕らえられた武士がこの畑の一隅で自刃し、あるいはここで首級を落とされたという。寺山の者が耕すと作物が実らず家人に悪いことがあるといわれ、蓑毛の人が来て畑を作っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秦野市史 別巻 民俗編――伝説・妖怪(秦野市(編)・秦野市史・自治体史(民俗))
『秦野市史 別巻 民俗編』所収の妖怪・伝説(一〇〇話を七分類で収載)。神奈川県秦野市に伝わる口承を採録する。