手が落ちる南矢名の片手薬師
どんな伝承か
武田信玄が小田原の北条氏を攻めたとき、南矢名の東光寺の薬師堂も焼け落ちたが、薬師如来だけは焼けずに残った。信玄がその像を甲斐へ持ち帰ると、国は大飢饉に見舞われ、疫病が広がるなど災難が続いた。さらに薬師堂の裏に祀られていた諏訪明神が信玄の夢枕に立ち、像を元へ返すようにと告げたという。そこで薬師如来は東光寺へ戻され、以前と同じ堂を建てて手厚く供養された。ところが秦野へ帰ってしばらくすると、像の右手が腕の先からぼとりと落ちた。直してもまた落ちる。その手が落ちた日が信玄の亡くなった日だったことから、この像は片手薬師、浮手の薬師と呼ばれるようになった。落ちた片手のほうは甲州で片手薬師として祀られているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秦野市史 別巻 民俗編――伝説・妖怪(秦野市(編)・秦野市史)
『秦野市史 別巻 民俗編――伝説・妖怪』は、神奈川県秦野市の市史のうち、民俗編の口承の部分を収めたものである。前半には市内で聞き取った動物・神仏・妖怪・人や村に関する話を地区名とともに載せ、河童やセンタク婆さん、グアン婆さんなどの妖怪譚を含む。後半の第四節「伝説」は一テーマ一話の方針で百話を採り、動物・植物、水、石・岩、山・坂・道・畑、塚、祠堂、家・村の七つに分け、既刊の類話を〔文献〕として要約して添える。