八谷鉱山に生き埋めになった金掘り
どんな伝承か
市の西方に八谷鉱山があって、金や銀が掘られていた。むかし山師が若衆を雇って金を掘らせたところ、すばらしい鉱脈が見つかった。喜んだ金掘り連中は城下から芸者を呼んで酒盛りをすることにしたが、馬に乗ってきた芸者衆が神原まで来たとき、一人の乗った馬があばれ出して芸者が振り落とされ腰を打った。そこでその坂を芸者の名をとってホダシ坂と呼ぶ。やがて酒盛りが始まり、小用に出た若衆が向うの山できれいな女が手招きするのを見て、鉱口の中へ大声で知らせているうちに山がどっと崩れ、皆が生き埋めになった。そこにできた三つの沢にも芸者の名がつけられたという。
原典より
市の西方に八谷鉱山があって、金や銀が掘られていた。—— 米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
米沢市史 民俗編――伝説(米沢市(編)・米沢市史・自治体史(民俗))
『米沢市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説。山形県米沢市に伝わる鳥獣草木・山川湖沼・地蔵社寺の伝説を採録する。