野栗権現の女神と小麦わらの禁忌
どんな伝承か
野栗権現の祭の前には小麦わらに腰をかけてはならず、破るとできものができるといわれる。昔、野栗様の女神が信濃路へ進軍した折にこの地で休み、小麦の稈を菅や茅の縄で編んで座にしたためだと伝わる。八月一日の祭には川原の小麦わらの上に神輿を据える行事があり、それが済むまでは腰をかけてはならない。また祭で小麦餅を七十五個流すのは、女神がこの地にいたとき小麦餅を食べたからだという。
原典より
なお、このお祭りの時に小麦餅を七十五個流すのは、女神がここにいた時、小麦餅を食べたからという。—— 群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異(群馬県民俗調査報告書 第2集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異(群馬県民俗調査報告書 第2集・群馬県民俗調査報告書)
『群馬県多野郡上野村の民俗 上――俗信・山の怪異』は、上野村で行われた民俗調査の報告のうち、聞書と俗信の部分を収めたものである。川和・住居附・野栗・奥名郷・勝山・野栗沢などで聞いた講、病気の呪い、雨乞い、禁忌と兆、山の神とオコジョ、オサキや狐つき、狐やむじなに化かされた話、一ツ目入道や山姥を、話者や部落名を添えて記す。上野勇の聞書と、昭和二十三年に東部の部落を調べた関口正の報告が入り、井田安雄の「乙父の民俗」は書き出しだけが載る。