インドから来た貫前神社の女神
どんな伝承か
一ノ宮の貫前神社には今は二柱の神が祀られているが、最初に来たのは女神だったという。この神はもとインドの王の三女で類のない美女とされ、日本に渡ってきて荒船山や稲含山にしばらく住んだのち、一ノ宮の菖蒲ヶ谷に鎮座した。農業と養蚕、機織りの神とされ、荒船山や稲含山、南牧の桧沢岳の女神とは姉妹の間柄だと伝える。農業の神ゆえに水や雨、夕立や雷も司るという。もう一柱の男神は戦の神で、女神が鎮座したあとに来たもので、もとはもう少し北に住んでいたとも語られる。奥多野では一ノ宮様と稲含の神を一体と見る所もある。
原典より
一ノ宮の貫前神社には今は二柱の神様が祀ってある。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。