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亡き娘を忍ぶ弁才天(御玉辨財天)

所在地埼玉県草加市稲荷町草加宿五丁目(慈尊院)
年代慶応3年(1867)
登場藤佐源太郎、登美女夫妻と関口勘五郎の娘
出典草加市史 民俗編――伝説

どんな伝承か

草加宿の若夫婦の娘が江戸の武士の養女となった後に急病死。産みの親と養父母が争い、両家の名を刻み地蔵の足元に弁才天として生まれ変わりを願い祀った供養譚。

原典より

稲荷町の慈尊院の墓地は二分されていて、一方は大きく立派な墓が並び、一方は小さな墓ばかりが並んでいる。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)

『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市が編んだ市史民俗編のうち、伝説の章である。柿木や青柳など市内各町の地名の由来、塚、毛長神社や弁才天などの神々、疣地蔵・火あぶり地蔵などの地蔵・薬師・観音、旅の僧、狐・むじな・狸・雷獣といった動物や妖怪の伝えを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の人からの聞き書きによって記す。地名起源から動物・妖怪まで九つの節に分け、聞き書きの話には町名と話者の頭文字・生年を添える。

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弁才天供養養女生まれ変わり地蔵

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