熊楠の書斎に現れる亡き義姉
どんな伝承か
南方熊楠の父は、前夫との子を持つ南方家の娘に婿入りした。その妻が亡くなり後妻を迎えて熊楠ら八人が生まれたが、前妻の娘は継母と折り合わず泉州へ逃げて博打打ちの居候となり、のちに博徒とゆすりに来て勘当され、消息を絶った。晩年の熊楠の書斎には、この姉が毎夜のように現れたという。昭和十二年の書簡では、去年から毎晩姉がそばに現れ、六十五年も成仏できず中有をさまよっているらしいと書き、高野山の学僧水原堯栄に戒名を付けてもらい弔うつもりだと記した。昭和十四年の書簡にも、書斎で静座するたび泣いている姉の面影が見えると書いている。
原典より
六十年めになりしころより、夜間この書斎に静座する折々その長姉が泣きおりし面影をありありと見る。—— あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。