傘に止まった身投げ女の霊
どんな伝承か
南方熊楠が書き留めた話。熊楠の住まいから一里ほどの秋津村から魚や鳥を売りに来る八十歳の坂本喜三郎が、三十歳ほどの頃のことを語った。村の富豪の妻が身を投げて死んだ時分、大庄屋が村役場から夜帰る途中、差していた傘の上にその女の霊が止まり、大庄屋はひどく怖れて傘を振り回し、近くの農家へ駆け込んだ。ちょうどその頃、坂本は友人と夜の鯛獲りに出ようと海岸を歩いていた。村の森から提灯のような青い火が飛んで来て消えたかと思うと、三間ほど前を、髪を振り乱し縞の着物を着た、腰から下のない女がふつうの足どりで歩き、大庄屋の逃げ込んだ農家へ入って見えなくなった。
原典より
おどろの髪をふりみだし、縞の着物を着て、腰から下がない、其の飛び入つた近所の農家の内へ立寄つた所、後れだせの友が來て、今おかしな物が飛んできたと騒ぐ紛れに、彼の女の姿は見えなくなつた。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。