江川古町・長町に降った伊勢のお祓
どんな伝承か
和歌山城下の騒ぎは田辺や農村地帯にも波及した。田辺地方では、まず十一月二十八日に江川古町・長町辺の十二、三軒へ、伊勢皇太神宮のお祓が降った。ここでは早くも十二月二日に、家々への「群参」と「騒キ立」が禁止されている。その後も九日に田辺南新町へ皇太神宮のお祓が降り、十六日ごろには流行現象となって、若者の赤襦袢での踊りがみられた。翌年一月三日にも代官所が大庄屋宛てに降札にともなう踊りを禁じている。
原典より
一方城下の騒ぎは、田辺や農村地帯に波及したが、田辺地方ではまず十一月二十八日に、江川古町・長町辺の十二、三軒へ、伊勢皇太神宮のお祓が降った。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。