一日十八里の霊山めぐりと東京見物
どんな伝承か
霊場めぐりに出る者は明治のころにもいた。九之坪上新道の杉山宇右門は安政五年の生まれで、数え二十五になった明治十五年、健脚の男に誘われて四人連れで旅立った。九之坪を発って伊吹山、白山、立山、御嶽、木曽駒ヶ岳と次々に登拝し、軽井沢から高崎を経て東京までは歩き通し、新橋と横浜の間だけ汽車に乗り、そこからまた徒歩で東海道をたどって帰った。三十五日で一日平均十八里という、想像も及ばぬ強行軍だったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町が編んだ町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節を大字ごとの十九項に分けて並べ、五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。