名を授かった藤塚の野狐チンチク豊四郎
どんな伝承か
大正のころ、西之保の藤塚には野狐が棲んでいた。当時は県道のあたりまでが藤塚の森で、この狐は女に化けるなどして人をよくからかった。弥勒寺の稲荷講が勤めをして御座立てをしていると、その座に狐が現われ、自分は野狐で名がないから名を付けてほしいと願い出た。先達が今後いっさい悪さをしないかと問うと、狐は決してしないと答えた。そこでチンチク豊四郎という名を授けた。チンチクとはほてい竹のことで、藤塚にはその竹が生い茂っていた。以後この狐は善根を積み、疝を病む人を救ったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町が編んだ町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節を大字ごとの十九項に分けて並べ、五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。