トップ > 高知県の伝承 > 黒潮町

上馬荷の人々

所在地高知県幡多郡黒潮町馬荷上馬荷
年代近世〜昭和(狐持ち迷信)
登場速水保孝、出雲の人々
出典出雲の迷信

どんな伝承か

上馬荷に入植した人々がいかなる系譜でこの村に居ついたかは明らかでない。一様に貧乏に耐えてきた家ばかりで過去帳がなく、馬荷は全体が神道で昔あった寺も明治維新に取り潰され、旧庄屋宅にも宗門帳がないため、代数調査はできなかった。手がかりは姓だけで、三〇戸のうち中馬荷からの新しい分家一戸を除く二九戸が犬神統、その二九戸が八つの姓に分かれ、少なくとも四つの集団があると見られる。小川を渡った北側の日当りの悪い傾斜地に住む八四歳の老人は、自分の家は四、五代前まで隣村の庄屋だったが事件で村を離れ、山を越えて上馬荷に入植したと誇らしげに語った。

原典より

さて、問題の上馬荷に入植してきた人たちが、いかなる系譜の下に、どんな過程を経て村に居ついたかは、もとより明らかでない。—— 出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1975年(昭和50年)) より引用
地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出雲の迷信(速水保孝・速水保孝・憑きもの研究・1975年(昭和50年))

『出雲の迷信』は、狐持ちの家に生まれた国史研究者の速水保孝が、一九七五年夏のはしがきを付けて著した啓蒙書である。出雲・伯耆・隠岐に根強い狐持ち迷信を、自身の結婚や子ども時代の体験、柳田国男との対話、土佐の犬神統の調査、松江藩の文書、祈禱師と村八分の実例からたどり、家名や人名もほぼ実名で記す。わが家は狐持ちに始まる九章で、憑きものの意味、狐持ちの発生と実態、戦後の打破運動を述べ、狐持ちのなくなる日で結ぶ。

種別から探す

犬神過去帳

黒潮町の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『出雲の迷信』の伝承