騎西の親爺橋
どんな伝承か
騎西の町場、新田から礼羽へ向かう県道が四ヶ村用水と交差するところに架かる橋を親爺橋と呼ぶ。昔の親爺橋は両側に手すりのついた立派な太鼓橋であった。橋の近くには茶屋が何軒もあり、明治三十年代になっても料理屋・飲食店・茶屋・団子屋・菓子屋・旅人宿などが立ち並び、遊芸師匠もいて、騎西町場の盛り場、一口にいえば色街であった。ほろ酔いかげんの親爺や、きれいな芸者衆に手を引かれた親爺など、浮き名を流した親爺たちがこの橋を渡り、また橋の上にたたずんだ。そこから誰言うとなく親爺橋と名づけられたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
騎西町史 民俗編――伝説・昔話・妖怪(騎西町(編)・騎西町史)
『騎西町史 民俗編――伝説・昔話・妖怪』は、騎西町が編んだ町史民俗編のうち、方言一覧の末尾と第9章「伝説・昔話」を収めたものである。調査協力委員や地域の老人クラブを通じて集めた二十八話で、久伊豆明神(玉敷神社)の獅子、雷電社の雨乞い、和尚の説話、いぼとり地蔵、入定塚、念仏橋、狐やムジナに化かされた話などを、話者名や郷土誌の出典を添えて載せる。章のはじめに伝説と昔話の違いを述べ、神社・寺堂・塚と橋・行事のいわれ・妖怪談の五節に分ける。