織田軍に焼かれた殿上山の禅定神社
どんな伝承か
殿上山は俗に禅定山ともいい、戦国のころには白山権現を祀る禅定神社という大きな社があった。一の鳥居は遠く離れた長泉寺に、二の鳥居は戸口に、三の鳥居は北中にあったといい、北中町の畑には今もその土台石が残る。山の上には七堂伽藍が建ち並び、寺中の大堂から広い参道が通じて、越前でも比べるもののない壮大な社だった。しかし朝倉氏の祈願所であったため、天正のころ織田の軍勢に焼き払われ、今は堂が一つと礎石が草原に残るだけである。毎年七月十五日には尾花の青年団が草を刈り、二月五日の殿上参りに備えてかがり火の薪を用意する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。