証誠寺が山元山と号した水落の寺跡
どんな伝承か
横越町にある越前四ヶ本山の一つ、山元山証誠寺は、もとは鯖江市水落町の三十字東堂の庭にあったといわれる。この地は昔、山本の庄と呼ばれていた。文明七年三月、八世道性上人の代に火災にあって堂宇をすべて失ったため、時の越前国主朝倉敏景が横越に土地を寄進し、山本の庄から移して再建したと伝えられる。本山の山号を山元山と称するのはこれに因るといわれ、水落に残る寺跡は今でも堂の庭と呼ばれている。
原典より
横越町にある越前四ヶ本山の一つである山元山証誠寺は、もと水落町の三十字東堂の庭にあったといわれる。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。