信長の兵火から田に隠した大正寺の仏像
どんな伝承か
鯖江市大正寺町には昔、泰澄大師の建立と伝えられる大正寺という寺があった。寺が亡びた後、その寺号がいつしか部落の名に変わったという。七堂伽藍を備え、笈を背負った修験者が訪れて修行する道場であった。文明年間から元亀にかけての一向一揆では難を逃れたが、翌天正元年、織田信長が府中から一乗谷の朝倉義景を攻める途中に焼き払われたといわれる。土民は仏像の一部を田の中に埋めて守り、信長の退去後に掘り出してまとめ祭ったのが今の白山神社である。昭和四十一年の護岸工事では、川底から碾臼や宋銭が出土した。
原典より
大正寺には昔、泰澄大師の建立と伝えられる寺があった。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。