自ら裏山へ逃れた聖徳太子像
どんな伝承か
安楽寺の本堂の厨子には、高さ四十五センチほどの木彫りの聖徳太子立像が納められている。作者は分かっておらず、正月の三日間だけ扉が開かれて拝むことができる。天正のころ、織田信長の兵火で本堂が焼け落ちたとき、誰も運び出す者がいなかったにもかかわらず、太子像は自ら裏山へ逃れていたという。そのときに負ったやけどの跡が、今も肩に残っていると伝えられている。
原典より
安楽寺本堂のお厨子の中に聖徳太子の像が安置されている。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史)
『鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説』は、福井県鯖江市の市史のうち、史料編第一巻の民俗編にあたる巻である。市内の各町に伝わる伝説を、町名を添えて収め、泰澄・親鸞・弁慶にまつわる木や岩、山姥やてんぐ、たたりのある一本杉、地名の由来を記す古文書の写しなどを載せる。自然物・岩石・動物・家屋敷・城跡・道・橋・寺院・塚墓・人物・事件の項に分け、後半には昔話・笑い話・果なし話と田植え唄などの民謡を置く。