唐辛子いぶしを止めた母の涙
どんな伝承か
高熊山の修業から帰った喜三郎は、疲労しきって倒れ、翌日の午後にやっと眼をさましたが、九日の朝にはかえって手足が動かなくなり、眼も開かず口もきけなくなった。家族は亀岡から医師をよび、天理教の明誠教会の布教師や法華僧をつれて来て祈禱させたが効がない。親戚の上田次郎松という霊のことにくわしい農民が来て、喜三郎にはタヌキがついていると言い、松葉と唐辛子でいぶすことになった。次郎松が七色唐辛子をつくりに戻ったすきに、母のよねがいとま乞いをするからと殺人的な唐辛子いぶしをおしとどめ、喜三郎の顔をのぞき込んで落涙した。その涙が顔にかかると、喜三郎は手足が動くようになり、ようやく声が出たという。
原典より
さすがに母は、いとま乞いをするからと、殺人的な唐辛子いぶしをおしとどめ、喜三郎の顔をのぞき込んで落涙した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。