妙霊教会の祈禱で歯痛が治る
どんな伝承か
園部で牧夫として働いていたころ、喜三郎はひどい歯痛に苦しみ、船岡にある妙霊教会で祈禱してもらって治った。これがきっかけで喜三郎は同教会に入信する。十二歳のときにも布教師の叔父に連れられて春日江の本部へ行ったことがあったが、このたびも叔父に伴われて本部に参った。教祖の山内勢至と叔父は布教師になるよう熱心に勧めたが、若い喜三郎は本部の時代離れした古めかしさに気が進まず、断ったという。
原典より
園部在住中に、喜三郎は、ひどい歯痛を、船岡の妙霊教会の祈禱で治してもらったことから、妙霊教会に入信した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。