祟る刀と絵を知らせた止まる時計
どんな伝承か
座敷牢を出た出口直は四月十八日に八木へ移り、そこで暮らした。後年の回想記によると、娘の久の時計が狂ってどうしても動かなくなったため、直が神に伺いを立てた。すると艮の金神が、大槻鹿造の家に置いてある刀と絵を早く八木へ引き取れ、あの家に置けば祟る、時計を止めたのはその知らせだと告げ、お告げの最中に時計はまた動き出した。福島がすぐ手紙で神の言葉を伝えたが、鹿造は聞き入れなかった。直が八月八日に純を連れて帰ると、言われたとおり鹿造は刀と絵の祟りで手が破傷風になり、夏じゅう苦しんだという。
原典より
久が時計が狂ふて、ドウしても掛りませんからお母さん御伺ひを為て下されと申したから、御伺ひ致したら、大槻鹿造の家に置てある刀と譬への画とを八木へ早う引取りて呉れんと、…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。