天で位を得て戻った赤装束の金神
どんな伝承か
座敷牢から出た出口直は四月十八日に八木へ移ったが、四十日の牢暮らしで体が弱り、つらい日々を送った。六月になっても独り言は口をついて出るのに神の姿は拝めず、心細くなって姿を見せてほしいと願うと、あと三十日待てと指図があった。七月六日の朝に拝んでも何の言葉もなく、そのころ何でも教えてくれた生き達磨が、金神は二日のあいだ留守だと言った。金神は天へ上り、赤い装束の姿をはっきり見せ、仏事から神道へ立ち帰ると告げたという。翌七日の日暮れに拝んでいると金神は戻り、天で位をもらってきたと言い、それからはまた姿が拝めるようになった。
原典より
七月六日に天へ御上りなされて、七日の日の暮れに御礼致して居りたらお帰りなされて、天へ二日上りて、位を貰ふて来たのじゃと申しなされたが、夫れからまたお容姿が拝め出したのでありた。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。