屋賀原に捨てられた蛇身の菊石姫
どんな伝承か
『桐畑太夫之縁起』によれば、弘仁二年の春、桐畑太夫に一人の娘が生まれ、菊石姫と名づけられた。ところが七、八歳になるころから体が蛇の形になってきたため、太夫は屋敷に置くことができず、一町ほど東北の屋賀原に仮屋を建てて捨て置き、朝夕の食事も与えなかった。姫を守り育てた下女は深く哀れみ、自分の食べ物を分けて与えたという。十八、九になった姫はついに湖水へ入った。その時に引き抜いた目玉を投げつけた石は、目の玉石と呼ばれる。新羅森の北方の岸には長さ三尺余りの石があり、これが蛇枕である。姫が両眼を失ったため、湖水のまわりは暗く、水は清く澄んで底が見えないのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。