堺の地名を生んだ神功皇后の凱旋
どんな伝承か
仲哀天皇の遺志を継いで大陸へ出陣する神功皇后は、伊勢神宮に必勝を祈った。大神は住吉明神と諏訪明神に命じ、葛城山の南、尾崎の霊木で十一面二手の神像を作らせた。皇后はこれを船首に祭って渡海し、途中、海中から現れた阿度部の磯良翁という海神から潮干珠・潮満珠を授かる。神像は神術で敵の攻撃を退け、皇后は干珠を投じて海を陸とし、満珠を投じて敵を溺れさせ大勝したという。凱旋した皇后はこの神像を堺の地に納めた。堺市中之町東二丁の子安観音がその尊像で、皇后が加護により皇子を安産したことから、今も妊婦の参詣が絶えないと伝わる。
原典より
仲哀天皇の遺志をついで大陸に出陣する事になった神功皇后は、伊勢神宮へ参られ大神に必勝を祈念された。—— 日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第9巻』は、日本伝説大系編集委員会が編んだ伝説資料集の一巻である。三重・奈良・和歌山・大阪の各地に伝わる伝説を、三輪山・安珍清姫・弘法清水・油掛け地蔵など百余りの話型ごとに集める。各話型は例話を冒頭に据えて『日本伝説名彙』などとの対応を示し、〔類話〕に伝承地と出典つきの梗概を並べ、〔文献〕に近世以前の史料の原文を添えて補う構成をとる。