疫隅の国と早苗の杜の起こり
どんな伝承か
素盞鳴尊がその地に至って日暮れに宿を求めたが、姿が並外れて大きいので浦人は恐れて宿を貸さず、信夫感喜という者だけが迎え入れた。尊は喜び、自分は速須佐能雄神であるから、後の世に疫病が流行したら名を戸口に貼り茅の輪をかけよと教えた。尊の勢いは激しく、疫神までも眷属となったので、その地を疫隅の国と呼んだ。のち江の熊の郷で巨旦将来に宿を断られ、兄の蘇民将来が栗の幹と栗飯でもてなしたので、茅の輪と札の護りを授けた。尊はのちに巨旦の一族を平らげ、江の熊の地に三株の松を植え、その地を早苗の杜と名づけたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。