室谷を出た厳島明神の道行き
どんな伝承か
浜田市三隅の室谷に伝わる話。厳島明神の出生地は三隅町大字室谷であったという。明神はこの室谷を海にしようと言い出したが、皆が賛成しなかったので機嫌を損ね、二歳の男の子と機の織りかけを持って今の厳島へ移った。途中、程原の伊尾峠で子の足をかやの葉で切ったため、今後人を害するなと言って葉をしごき、それ以来ここのかやにはいがらが無いという。五百山を越えたとき織りかけの糸が木の枝に掛かり、その糸が今も残る。二歳の子を連れて厳島に参ると変事が起き、機を織りかけて宮参りしてはならないとも言われる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。