時化を鎮めた後鳥羽上皇の御歌
どんな伝承か
島根県隠岐郡海士町に伝わる後鳥羽上皇の話。上皇は沖合で時化に遭われ、「我こそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け」と詠まれると、しだいに波が静まったという。崎の灘へ着かれ、そこには今もこしかけの岩と呼ばれる岩が残っている。宿を頼まれても畏れ多いといって誰も引き受けず、神社にお泊まりになったが、拝殿は茅葺きであちこち傷んでおり、「命あれば茅家の隈の月も見じ」と深く嘆かれたという。そこから山を越えて、今の御陵のある隠岐神社の地へ移られた。そこはもと源福寺という真言宗の寺であり、十四日の間お世話を申し上げたのが豪族の村上助九郎だったと語られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。