聖山に祀られた高野聖の怨霊
どんな伝承か
『宇和旧記』の記事。北宇和郡吉田町立間の聖山には祠が一つと社が一つあり、昔から三昧原であった。法華経を石に書いた聖大明神があるという。その由来は、立間尻浦の久右衛門という者の五七代前、高野聖が一人商売のためこの浦に来て宿を取ったところ、亭主が聖の荷物に目をつけ、夜中に聖を殺したことにある。それから聖は亭主や村内の人々を恨み、人々は心身を悩ませて無念を口走り、狂い死ぬ者が多く、火事も続いた。浦の者は難儀して山上に霊を祀り、小社を建てて聖大明神と崇めた。その後吉田町が二度焼失したので町からも助力して社を再興し、久右衛門神社と定め、毎年五月と九月の二十八日に祭礼を行うという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第12巻』は、四国四県(香川・愛媛・徳島・高知)の伝説を話型ごとに集めた伝説集成の一巻である。神々の争いや大人の足跡、弘法大師の彫り残しや麦の種、英雄の誕生、長者、人柱、蛇聟、狼の報恩、化猫退治、首切れ馬、夜泣石、地蔵の霊験などを、町村誌や地方の伝説集、昭和五十三年度立命館大学説話文学研究会の採集調査稿から採る。百三十九話に通し番号を付け、各話に伝承地と出典、高木・柳田の分類名を添え、県別の〔類話〕と〔文献〕を続ける。