旅に果てた高野聖を葬る慶人塚
どんな伝承か
慶人塚は行人塚とも呼ばれ、大宮の吉野町二丁目、天然記念物に指定された宮原の大ケヤキの北側にあたる山の中にあったという。旅の途中で病を得た高野聖の一人がこの地で息絶え、その行人を葬った塚だと伝えられている。もう一つ、享禄年間に岩槻勢と川越勢が戦った吉野原合戦、別名を舟橋合戦ともいうが、その戦死者を埋めた塚だとする説も語られている。
原典より
慶人塚は行人塚ともいうが、現在の吉野町二丁目、市の天然記念物に指定されている「宮原の大ケヤキ」の北方の山の中にあったという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(中巻・歴史伝説))
韮塚一三郎『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』(歴史伝説の巻)を全608話・伝説(土地別の異伝)単位で収録(<解説>・[参考]・和歌・注は本文に内包)。埼玉県下の歴史伝説(塚・城址・古戦場・武将〈新田義貞・畠山重忠・太田道灌ら〉・史跡・寺社縁起等)を、所在地(市町村・字・社寺)と出典(新編武蔵風土記稿・各市町村史等)を付して体系的に集成した中巻。