祖谷に入った御息所と花立て
どんな伝承か
北条によって尊良親王が土佐島へ流されると、身重の御息所は婢女と秦武文を伴って祖谷へ入ったと伝える。産気づいて神に祈った所を祈誓の窪、腰を掛けた石を腰掛け石、若宮が生まれた所を産敷のなると呼ぶ。若宮は一宇で亡くなり、村人はその場所に樒の枝を折り立てて通るようになったので、ここを花立てという。のちに若宮五社大明神となった。御息所は土佐へ入ったが、親王が上洛したと聞いて引き返し、祖谷山吾橋の古宮嶽の岩屋でついに亡くなったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。