火いらずの島に落ちた三浦一族
どんな伝承か
沖ノ島はもと人が住まず、火いらずの島と呼ばれていたという。元久のころ、三浦大介義明の嫡孫にあたる新助助久が鎌倉から落ち延び、島の峰で暮らし始めた。今の仏が峠、別名を御先祖という地が最初の住まいで、のちに舟人に見つかり御庄殿の耳に入ったため、西の弘瀬へ移った。一族は下り乗り浜に上陸した際、送ってくれた船頭たちに恩賞を与えながら、居所を知られたとして皆斬り殺したとも伝える。御先祖には小判千俵が埋まるという歌も残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。