奈良田に湯治した女帝と奈良王様
どんな伝承か
孝謙天皇は聖武帝の皇女で、女帝として世を治めていたが、あるとき体を病んだ。神仏に祈ると夢に老翁が現れ、甲斐国巨摩郡早川庄湯島郷に霊験ある湯があると告げた。天平宝字二年五月、天皇は吉野を発ってこの地に着き、仮の宮を建てて湯に入ったところ、二十日とたたぬうちに全快したという。天皇は薬師の像を刻んで湯王大権現として祀り、応神天皇を若宮八幡に祀って氏神とした。この地を一郡一村として山代郡奈良田村と名づけ、十年近く住まわれたと伝える。のちに村人は皇居の跡へ堂を建て、奈良法皇尊として祀り、今も奈良王様と呼んであがめている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。