網にかかった黄金の観音像
どんな伝承か
寺伝によれば、創建は推古朝三十六年にさかのぼる。村長の土師真中知と、檜前浜成・武成の兄弟の三人が、風の穏やかな日に隅田の海辺で漁をしていたところ、網に黄金の観音像がかかった。三人はこれを縁と受けとめ、草葺きの仮屋を建てて像を安置したという。本尊は一寸八分の小さな像である。大化年間に勝海上人が本堂を建て直した際、この像は絶対の秘仏と定められ、厨子の扉は固く閉ざされた。以来千年あまり、堂の奥の闇に置かれたまま、その姿を見た者はいない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第5巻』は、叢書「日本伝説大系」の一巻をなす伝説資料集である。埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨の伝説を扱い、二つの太陽、蹴裂明神、ダイダラボッチ、平将門、源頼朝、豪徳寺の招き猫、黒塚、山の背競べ、親捨てなどの話ごとに、口承を重んじて選んだ例話を掲げる。各項は例話に〔類話〕〔文献〕〔参考〕を添え、類話は伝承地ごとに梗概で示し、文献は近世以後の史料を原文で抄出し、柳田・高木の分類による話型名を併記する。