久寿元年の黒髪山大蛇退治
どんな伝承か
いまから八百年ほど昔、久寿元年のことである。九州へ下った鎮西八郎為朝が杵島郡若木村川古に住んでいたとき、領主後藤左衛門高宗の館に庄屋が大蛇の害を訴えた。有田の白川の池に住む大蛇が黒髪山を駆けまわり、里へも出て住民を脅かすという。二度の軍勢では退治できず、村人の献策で池に高台を築き、美女を人身御供に据えることになった。西川登村高瀬の松尾家の娘万寿姫が名乗り出て桟敷に上がると大蛇が現れ、高宗と為朝の矢が眉間と喉を貫いた。谷へ落ちた大蛇は梅野村の座頭がとどめを刺し、鱗を運ぶ道すじに牛の首、駒鳴峠、幕頭などの地名が残ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。