雄城の台の居城と尼ヶ瀬の渡り
どんな伝承か
為朝は大分市の雄城の台に居城を築き、永興の岡には母である尼のための館を造ったと伝えられる。城は棟堅の城、あるいは宗方の城とも呼ばれ、のちに砦として使われた。母の館があったのはいまの城南団地のあたりで、尼ヶ城と呼ばれたという。親子は両者の間を流れる大分川を渡ってたびたび訪ね合い、為朝の渡った所を宮ヶ瀬、母の渡った所を尼ヶ瀬と呼ぶようになったと語り伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。