妄執が猿になった平家百猿
どんな伝承か
玖珠郡九重町の平家山には、多くの落人が住みついたと伝えられる。彼らは都へ帰る望みを果たせず、その妄執がついに猿の姿になったという。享保のころまで、その数は平家百猿と呼ばれるほど多かった。近くの村の作物を荒らすので、ある猟師が二、三年をかけて大小八十七匹を撃ち殺した。そのうちの一匹は朱塗りの鞘の刀を持っており、塗りははげてわずかに朱漆の跡が見えるほどだったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。