安徳帝の御用水を汲んだ朕の淵
どんな伝承か
吉井村の内裏山の東を流れる一支流に直谷川がある。土地の者は古くからこれを御手川と呼んできた。この川の一部に幅一間半、長さ三間、深さ二尋半ほどの淵をなす所があり、これが朕の淵である。直谷城主二世志佐六郎貞公の代、文治の初めに安徳天皇が少数の臣下に守られて御厨から子産坂を越え、福井の直谷城に入り、数年のあいだここを行在所と定めたと説かれる。帝がこの川の水で御手水を使われたので御手洗川と呼ばれ、毎朝この淵の清水を汲んで御用水に供したことから、その淵を朕の淵と称するようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。