稚児ヶ池と辞世の歌
どんな伝承か
西都市の稚児ヶ池は、もと鶴の池と呼ばれていた。城主壱岐加賀守義道が百間余りの堤を築かせたが度々切れ、石貫大明神より池の沼地に埋められた黒白二匹の大蛇の霊を鎮めるため人柱を立てよとの神託があった。家臣法元猶之助の三男長千代丸が、浅黄の着物を着て池の端を通る者を選ぶよう提案し、自ら通りかかって正長元年二月二十七日、辞世の歌を詠んで切腹し、堤に埋められたという。以後、この池を稚児ヶ池と呼ぶようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第14巻』は、熊本・宮崎・鹿児島の三県に伝わる伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。阿蘇の大鯰や海幸山幸など神話に連なる話から、為朝・景清・人丸姫の伝承、長者や河童・狐の話、池の主や大蜘蛛退治、狩人と犬の話までを収める。各項目は口承を重んじた例話を冒頭に据え、梗概にした類話と、『肥後国誌』など近世以後の史料を原文で引く文献を続け、全体を文化叙事伝説と自然説明伝説の部に分ける。