田村麻呂が寄りかかったはらかけ石
どんな伝承か
坂上田村麻呂将軍がこの地を通った時、道をまちがえ、近くの村人に尋ねたところ、「あの山だ」と教えられ、それがあの山という名になったという。そしてその時、将軍が寄りかかった石が、はらかけ石と呼ばれるようになったと伝えられる。その石は、幅一尺五、六寸、厚さ一尺、高さ三尺五寸ほどのものである。
原典より
坂上田村麻呂将軍が通った時、道をまちがえ、近くの村人に尋ねたところ、「あの山だ」と教えられそれがあの山となり、その時、寄りかかった石がはらかけ石と呼ばれたという。—— 郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
郡山の伝説(郡山市教育委員会(編)・大島建彦(監修)・ふるさとの文化財調査事業・1986年(昭和61年))
『郡山の伝説』は、郡山市教育委員会が大島建彦の監修を受けて昭和六十一年に編んだ伝説集である。昭和五十九年度の「ふるさとの文化財調査事業」で調査員が市内全域から採集した伝説を中心に、郷土誌などで補った話を収め、采女伝説や坂上田村麻呂・源義家・弘法大師にまつわる話が多い。『日本伝説名彙』にならって木・石岩・水・塚・坂峠山・祠堂・家村・祭礼行事の部に分け、各話に伝承地と報告者名を添え、巻頭に監修者の解説を置く。